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岩崎会長のコラム
「やさしく、思いやりのある」お母さん

さくら幼稚園の遠足で、毎年のようにお世話になっている「こどもの国」に行きました。年中組は、動物園に直行です。いろいろな鳥や動物がたくさん見られます。子牛や羊、やぎ等は柵の外からでも触れることができます。子どもたちは勇気を出して、子牛の頭をなでています。その手を「ペロリ」と舐められて、びっくりして大騒ぎになっています。それでも感動のあまりか、頬が真っ赤になって、気持ちの高揚は隠しきれません。このような経験が日常的にたくさんあれば、この上なく良いのですが、なかなか機会がないですよね。ところが、これを見ていたお母さんの反応は、「汚いわね。手がベトベトじゃないの。牛にはバイキンがたくさんいるのよ」と、さも汚いものでも見るように子どもの手をウエットティッシュでごしごしと拭きました。

夏は、いろいろな虫が子どもたちの目を楽しませてくれます。しかし、お母さんの苦手な虫が家の中に飛び込んでくることもあるでしょう。そんな時、「あっ、お父さん虫、虫、虫、虫。殺虫剤は殺虫剤。はやくはやく」と騒ぎたてませんか? 蝉が家の中に飛び込んできたら、スプレーで殺してしまったお母さんもいるとのこと。

子どもの前では、ちょっと考えなければならないことですね。遠足時のお母さんも、「牛さんかわいいね。目があんなに大きくて、舌も長いわねー。ベトベトしているでしょう。手を拭きましょうね」と言ってもらいたいですね。虫騒動も、虫の嫌いなお母さんでもここは落ち着いて、「なんの虫かな。見たことある?」ぐらいのことは言ってもらいたいと思います。虫とみれば見境無く殺してしまうのはどうでしょうか。

子どもたちが初めての経験で、動物の大きさやかわいらしさに感動したり緊張したりしたことを、お母さんの一言で壊してしまうこともあることを考えてみてください。自然にも、動植物にもやさしくできる心が、人にもやさしくできる心を育んでくれるのです。大人のちょっとした行為をまねて、それを絶対的価値観としてしまう子どもたちの前では、何に対しても「やさしく、思いやりのある」お母さんでいて欲しいですね。

「自分のことが大好き」

リトミック研究センターでは、1歳児からのリトミックを展開しています。1歳児〜3歳児のクラスでは、お母さんといっしょにすることがたくさんあります。いっしょにしないときでも、お母さんが側にいてくれるだけで安心してリトミックしています。お母さんも子どものすることを「じっと」見ています。

乳児から3歳児までは、社会性が育つ出発点にあります。まだまだ集団で遊ぶよりも、お母さんのひざの上で遊んでいたい時期なのです。お母さんや、お母さんと同じように愛情をそそいでくれる人たちが側にいてくれないと、楽しく遊べません。この時期は自立を急ぐより、充分にひざの上の感触を楽しませてあげることが大切です。最近の親は、この段階の育児が特に欠けている、と言われております。お母さんの側で遊ぶことは『安心』。『安心』の心が定着してはじめて、社会性の大きな基盤となるのです。リトミックの教室でも、お母さんや先生の視野の内にいて、小さなグループで遊ぶことができることは、子どもにとってこよなく気持ちのよいものなのです。『安心』『安定』の心が芽生えないと、自ら自立しようとする力が削がれてしまいます。

子どもたちが自立するために必要な大きな条件は、身の回りのことが自分でできるようになる、ということだけではありません。自立する上で一番大切な条件は「自分のことが大好き」になることです。

とても残念なことに、子どもたちに「自分のこと好き?」と聞いてもなかなか返事が返ってきません。恥ずかしいだけではなく、「大好きです」と言うことにためらいがあるように思えるのです。「自分のこと大好き」になるためには、お母さん大好きから始まって、お父さん、おばあちゃん、おじいちゃん、兄弟、遊び仲間と、たくさんの人たちが好きになって、はじめて「自分のこと大好き」と言えるようになるのです。お母さんから無条件の愛をさんさんと浴び、家族にとってかけがえのない存在であることを感じ取り、外に出ては、たくさんの優しさにめぐりあって人が好きになり、それがベースになって自分が好きになっていくのです。いくら「自分を大切にしなさい」と言い聞かせても、土台のないところに家が建たないように、ベースのないところには心も育ちません。

自分のことが大好きになり、『自尊する心』が芽生え、その延長線上に『他尊する心』(他人を敬い大切にする心)があるように思います。

「自分のこと好き?」と聞かれたら、子どもらしい明るい声で「自分のこと大大大好き」と答えられるような子どもたちに成長してくれることを願って、今年もリトミック教育をより充実させていきたいと思っております。

お母さん、頑張って!

今回は、叱るタイミングと方法について考えてみたいと思います。

幼児が家の中での活動から、だんだん外への活動に移行していく中で、親は、わが子に日頃言って聞かせていることが実行できるようになっているかを、よく見ることができます。言い換えれば、子どもの躾が成功しているか失敗に終わっているか、をテストされていると思ってもいいでしょう。全部が全部、成功という訳にはいきませんね。

外出は、今までしてきた成果を試す本番なのです。そんな外出先で、わがままを言ったりぐずったりしたとき、どうすればいいのでしょう。これも、叱るタイミングと方法を考えるための良い一例です。

所かまわず叱っているお母さんを、よく見かけます。電車の中、あるいはデパートで、レストランで。子どもを躾けるのだから、他人に迷惑をかけてもいい、ということはありません。いつも試されているのは親なのです。何事もそうですが、本番で失敗したからといって、本番の最中に、どこどこが悪いから失敗したのだ、と叱ったりしないでしょう。本番終了後に、失敗したことをよく分析し、反省し、本人と話し合う中で、努力のできることを組み立てて実行し、次の本番に備えるのです。子どもは『親の言う通りにはしないが、親のする通りにはする』とよく言われます。

山本五十六元帥の名言を紹介しましょう。
  やって見せて
  言って聞かせて
  やらせて見て
  誉めてやらねば
  人は動かず
お母さん、頑張って!

自立と自律

親なれば誰しもがわが子に願うことの一つに、自立と自律があるでしょう。「じりつ」と書く時、どちらかなとまよったことはありませんか。広辞苑によりますと、

【自立】他の援助や支配を受けず自分の力で身を立てること。ひとりだち。
【自律】自分で自分の行為を規制すること。外部からの制御から脱して、自身の立てた規範に従って行動すること。「カントの倫理思想において根本をなす観念。すなわち、実践理性が理性以外の外的権威や自然的欲望には拘束されず、自ら普遍的道徳法を立ててこれに従うこと」


とあります。自立と自律はちょっと意味が違うようです。

親は、子どもが「じりつ」をしていくことを目指して、日々いろいろなことを育んでいきます。おしめがとれて喜び、お話ができるようになったと喜び、お友だちと遊べるようになった、ひとりで着替えができるようになったと喜びます。いずれも自立と自律が含まれています。この自立と自律のバランスをずっと保つことが大切です。カントの言を借りれば、自律できるということは、自分なりの尺度を持てるということであり、その尺度で自己の欲望をコントロールできる、欲望を抑えこむことができる、ということです。

今の時代、自立できていても、自律できない大人が、あまりにも多いような気がします。電車の中で化粧を始めてしまう人、車内で携帯電話の通話はご遠慮ください、という放送を聞きながら、平気で大きな声で話をしている人、まだまだ数え上げたらキリがないくらい、どうしてだろうと思えることがあります。自分を律することができない、恥ずかしいという気持ちが希薄な大人が多いのは、子どもたちにとって、とても悪い環境でしょう。自律できていないですね。

3歳児のリトミックの授業で、「ドンすわれ」という遊びがあります。『走る音楽が聞こえたら、元気に走って。音楽が止まったら、すぐ止まりますよ。ドンと鳴ったら、すぐ座りなさい』で始まります。音楽を聞いて、走る、止まる、座る、を選択します。音楽が止まったらすぐ止まれる子、友だちが止まったから止まる子、いつまでも止まれない子、いろいろです。この遊びの目的は、音楽に反応して正しい選択をすること、また、選択したら自己コントロールをして、それを実現することです。小さなことですが、リトミックでの自己コントロールの始まりです。自律するには、幼い頃より、小さな自己コントロールの積み重ねをし、それを習慣化してしまうこと。そうすることにより、自己を律せる心と身体を持てるようになるのです。

「わかってる」だけではダメ。「わかっているようにできる」ことが本来です。子どもが自律できるように援助するとともに、私たち大人も、なお一層自律しましよう。

相手の目を見て話そう

子どもたちと接していて、気になることの一つに、目が合わない子が意外と多いことです。お母さんに、「お家でお母さんやお父さんと話すときは目が合いますか?」と問うと「さあー、合っていると思いますが」という答えが多いのに驚きます。あまり関心がないようなお母さんさえおいで
です。しっかり目を見て話す子のお母さんに、同じ問いかけをしますと、「はい、しっかり目を見て話すように言っています」と、はっきりとした意志が感じられます。


相手の目をしっかり見て話すということは、そのことについて、自分が真剣に話をしているのだ、という意思表示を強くすることです。その分だけ、思っていることが相手にも伝わりやすくなりますし、相手の反応もより理解できるでしょう。目を見ながら話しますと、言葉にはなっていない部分まで伝わる可能性が生まれてくるのです。

リトミックのレッスン時も、二人向かい合って手を合わせたり、手をつないでスウイングしたりする時に、「相手の目をしっかりと見ながらしなさい」と注意します。集中力が増すからです。お互いに目を合わせないでいると、集中できず、完成度が極端に落ちてしまいます。第一に相手に失礼です。

このことは、学業の上でも、とても大切なことです。先生の目や姿をじっと見ていることによって、集中力が途切れずにすみますし、学習効果が上がることも道理です。

ご家庭で、お母さんとお子さんが、何気なく話をするときも、しっかり目を見て話すことの大切さは変わりません。目を見て話さないのは、お母さんに対して「失礼である」と教えるべきでしょう。まずお母さんが、子どもに話しかけるとき、正面からしっかりと目を見て話をする習慣をつけることが、大切です。お母さんの習慣が子どもに伝わっていくからです。子育てには大変難しい時代ですが、親が正しく一生懸命であれば、子どもはすくすくと育つと確信しております。みんなで一緒に頑張りましょう。

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